店主ブログ

店主のこだわり

待望の新人がやって来る。

6月1日から男女2名の新入社員が「ぎをん齋藤」に入社することになった。

最近は幹部社員が面接してくれるので、私は委細は知らない。ただ、彼らを見た瞬間の笑顔や振る舞いを、10分の1秒で判断したところ、なかなか感じの良い男女だと直感した。2名とも将来は営業職を希望しているが、適性を見極めるまでは方向を決めるは難しい。ぎをん齋藤は、製造と販売という全く性質の違う業務を内包しているから、どちらの仕事をしても、一流の人間に育って欲しいと心から願っている。

 

私は、今の病後10年を自分の仕事人生の終末だと決めているので、彼らが最後の愛弟子になるかもしれない。

売ることも難しいが、魅力ある作品を作り出すのは更に難しい。よそで売られているものと似たものを作っているようではつまらない。あくまで独自性の高く、着る人を魅力的に見せるきものや帯を作り出せなければ、「ぎをん齋藤」らしくなくなる。

私は悩みながらも、何とか荒波を超えて現在に至ることが出来たが、次の世代を担う若い人達も同じ様に、紆余曲折を迎えても、知恵と努力で大成してほしい。

 

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珍裂屋主人の逝去を悼む

ぎをん齋藤の近くには裂を専門に扱う美術商が二軒ある。

一軒は今昔西村さんでテレビのコア 京都にも登場された店である。もう一軒が、その斜め向かいにある「珍裂屋」中村さんの店である。昨日その店主、中村孝太郎さんが83才の生涯を終えられた。

 

中村さんは私の裂の師匠のような存在で40年以上、いろいろご教示いただき、私も多くの古裂を購入してきた。もう20年ほど前のことだが、中村さんの店先に桃山時代の縫い箔(下記に掲載の裂)が展示してあった。

 

有名な裂なので欲しいと思って値段を尋ねると、80万円だという。当時まだ40歳代であった私は、80万円は大金で、直ぐに返答はできず一晩考えたのだが、逃すと二度と手に入らないと思い、翌朝に返事を持って珍裂屋さんを訪れたが、もうそこにはなかった。私が帰った後すぐに別の客が買ったと聞かされた。それ以後二度とこの裂とは出会うことがなく、今でも後悔している。

 

それからは、悩むのは10秒以内と心に決めてから買い逃すことはなくなった。そんな辛い思い出と共に中村さんは泉下に赴かれた。

心よりご冥福をお祈りします。

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完璧な仕上がり

 

数ヶ月前に紹介した「金更紗」の再現が帯として完成した。

下記に示した通り、ほぼ完璧な出来上がりと言っていいだろう。

 

再現したものが下の画像で、

 

そしてこれが、前にブログにも掲載した再現のもとになった袱紗の裂である。

 

 

萌黄色にバラの折枝と蔓を、顔料と金で描いた有名な前田家伝来の更紗は「結城紬の帯」として仕上がった。本歌と並べて表示してみると、生地の野趣味と重厚な金泥の盛り上がりが完璧なまで再現されている。何度も同様の仕事をしてきたスタッフと金彩師の連携の賜物である。

 

まず本歌を忠実に再現し、その手法をマスターしたらバリエーションを加えて展開していく私の手法が、ぎをん齋藤の妥協のない美が結実させていくのである。

素晴らしい出来で、すぐに売ってしまうのは寂しい気がするので、大切に保管しながら目利きのお客様にご覧に入れたい。例えば、茶道や煎茶の席に締めていただければ、この帯だけで席の話題には事欠かないだろう。

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消費者の眼力

 

古美術の世界では珍しくないことだが光琳や抱一、若冲などの贋物が多く出回っている。

 

 

多くは悪意を持って、偽物をつくったものを消費者が騙されて買ったケースが多いと思われる。

きものの世界では贋物を作ることはないが、恐ろしくお粗末なものが高価で売られている現実がある。いずれのケースでも消費者の眼力が問われている。

 

先日も、社員が寸法見本にお預かりしてきたきものは、高く出して買われたのは間違いないが出来栄えがレベル2(?)程度のものであった。絵を知らない職人が絵を描き、センスの悪い職人が配色し、目の効かない人がプロデュースしたと思われる。もしこれが有名店で売られたものだとしたら背筋が寒くなる。

 

 

私はなにも「ぎをん齋藤」でなければ良いものはない、などと自惚れる気持ちは全くない。誰が作ろうと「良きものは良きもの」と理解し自らを反省し、精進するタイプである。ただ、そのようにレベルの低いものが売られることが、日本の文化の程度だと目の肥えた外国人に思われるのが悔しいのである。

 

 

繊細な感性と優れた美意識を持つ日本人が誤解されるのが許せない。「和食」に続いて、きものを世界文化遺産にという動きがある中で、業界自体が足元をしっかり見つめることが必要ではないか。

 

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単衣、夏物異変

そろそろ単衣、夏物の制作が本番の季節になった。最近の傾向からして6月、9月は単衣、7月、8月は夏物として厳密に区別するのは現実的ではなくなったと考えている。

 

 

6月から9月までの単衣夏シーズンを共用できる素材で提案する方が喜ばれるようになった。きものの「決まり事」は時代とともに変化して当然で、何が何でも守らなければならないと言うほどのことはない。伝統的衣装としての格調を満たしていれば「決まり事」に固執する必要はない。

 

「きものは世に連れ、世はきものに連れ」である。私のように半世紀もこの仕事をしている人間は意識はしていないが観念が固定化されてしまっているところがある。

 

きものはファッション産業であり、常に現代性を持ち合わせていなければダメだと思う。兎角「伝統」や「習慣」が必要以上に重視され、あたかもそれから外れると間違いのように言われるのは行き過ぎだと思う。今年は新しい「無双」にチャレンジしてみるつもりである。

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