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NHK「古の布を敬う」日本語版放映のお知らせ

先般1月25日に海外向け番組として放映されましたCore. Kyoto「古の布を敬う」の日本語ナレーション版が来る4月19日 (木曜日)14:00〜14:30にBS1にて放映が決定いたしました。

 

 

今回異例の速さで日本語版が制作されましたのは「古裂」という珍しいテーマがいかにも京都の中核的文化であると認められた故かと思っております。

 

 

なにかとご多用とは存じますがご高覧賜れば幸いでございます。

 

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久々に巡り合った「金更紗」の名品

同じ金更紗でも上質のものは細工が細かく、金の厚みも違う。いわゆる「露金」と呼ばれ純金がふんだんに使われている。

 

加賀前田家伝来の本品は「萌葱地花蔓草文様金更紗」という長ったらしい名前が付けられ、型を使わない手書きの金更紗の中でも一級品で、同じ裂が東京国立博物館に所蔵されている。

 

 

更紗と一般に呼ばれる中でもインドで作られたもの以外にジャワ、スマトラ、インドネシヤ、バリ、シャムなど東南アジア全域で作られたものも示す。

 

私が愛する更紗は16〜17世紀に日本からの注文でインドで作られた古渡更紗である。中でも金更紗は徳川家や前田家、池田家に伝来する品々に名品が多くコレクターの垂涎の的となっている。

 

 

早速例のごとく本品を手本に帯を作ってみるつもりだが、どこまで金泥がオリジナルに迫れるかがポイントであろう。こういう作業が最も楽しく、その技術を生かして新しい品を作り出すのが仕事の妙味である。現在進行中の3月展に向けた摺箔を活用したきもの類も私の個性が存分に発揮された秀作が多く、来場者の反応が楽しみである。

 

物作りは作る楽しみが着る人に直接伝わって始めて作品の魅力が生じるのである、売ることだけを目指して作っても着る楽しみは生まれはしない。

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金(きん)の時代

マネーではなく黄金という意味である。黄金が主役であった時代というと、まず頭に浮かぶのは桃山時代、太閤秀吉は「聚楽第」という別荘の屋根瓦にも金箔を貼りつけた。遡れば「織田信長」が建てた「安土城」も最上階は黄金に輝いていたというから天守閣の屋上に「金閣寺」を置いたようなものと想像すれば良いのか。

 

更に遡れば平安時代も黄金に輝いた時代であった事を「平家納経」の料紙や中尊寺の「金色堂」を見ても想像に難くない。残念ながら平安時代の遺構は少ないため例を挙げることはできないが、かなりの数の黄金の建物があったはずだ。

 

 

黄金には独特の魅力がある。千利休も黄金の茶室と茶道具を考案したくらいだから稀代の目利きもその魅力を認めたことになる。その輝きには色を超越した何か「力」というか、神秘的な「魔力」が潜んでいる。心に高揚感を増幅させる作用や、人をひれ伏させる威圧感もあり、黄金が主役の時代は国全体が豊かであったような気がする。

 

京都の名跡「金閣寺」も室町幕府の全盛期に「足利義満」が創建した寺であるが、池に浮かんで見えるように建てられた、その優美さは京都の名所旧跡の中でもひときわ異彩を放っている。

 

 

実は私も黄金に憧れる一人である。「辻ヶ花」を産んだ、活力に溢れ魅力いっぱいの時代に共感しているのか、それとも黄金の中に身を置き末法から逃れ極楽浄土を体現する平安仏教に憧れているのか。

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人生の達人

日課の散歩コースには多くの野鳥がやってくる。鴨、シロサギ、ゴイサギ、川鵜、鳩、雀、鳶、セキレイ、百舌、特に最近、小鴨が親鳥の後を追って泳ぐ景色はとても愛くるしい。

季節ごとに野草は美しい花を咲かせ一年中、飽きることない美を見せてくれるが、この自然界が与えてくれる恩恵でさえ無限ではない。

 

太陽系に属する我が地球も太陽が燃え尽きるまでには地下に人工都市を作るか、他の星に移住するかは別として、お天道様のお陰で成立する森羅万象  現在のような自然界の有り様はなくなってしまう。勿論それ以前に自分の人生は長くて100年で終わるとすれば、あまりにも楽しめる時間は限られている。

 

せめて生きている間だけでも平和な心で楽しく過ごすのが一番、些細なことで一喜一憂するのは終わりにしたいと自壊する。

人を愛し、物と自然を楽しめる人は人生の達人だと思う。

 

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私が消費者に伝えたい事

私は物作りを通して「上質」と「センス」を伝えるのが仕事だと思っている。上質な物をわかりやすい言葉で表現すると「薄くて軽く温かいもの」と言い換えてもいい。この定義は和服だけに限らず洋服の世界でも同じことがいえるのではないだろうか。

 

和服の中でも織帯に例えれば手織りのものは「薄くて軽い」、逆に重いもので上質なものはない。絹が昔から最上級の繊維として珍重されてきたのは「薄くて軽く温かく艶がある」、という他の繊維にはない特徴があったが故で、平安時代の十二単衣に見るごとく12枚も衣装を重ねて立ち振る舞いすることは他の繊維では不可能である。

一方、私の「センス」を論理で説明するのは不可能だ。私が作るものをセンスがいいと感じて頂ける人に感謝するのみで、感じない人にいくら説明しても理解されるものではない。ただ私が古い優れた美術品を数多く観てきて共通する「センス」、「美意識」があることに気付いているのが強みというか自信である。

 

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