先日、久しぶりに遠方へ足を延ばしユネスコ文化遺産でもある「東照宮」へ参拝した。


東照宮というと神格化した徳川家康、東照大権現を祀っていることで有名だが、
相殿には源頼朝や豊臣秀吉も主際神として祀られていることは特に知られていることである。
寛永11年、三代将軍徳川家光により寛永の大造替が行われ、壮厳な社殿へと大改築されたその
建造物は観る者を圧倒するようにその風体はまず圧巻の一言である。
張りのある入母屋造りの屋根に銅瓦、動物の木彫や柱には胡粉、顔料、金箔に黒漆と
様々な天然素材をこれでもかと施し、見事としか言いようのない景色を作り上げている。
その代表的な木彫が三猿、言わんと知れた「見ざる、聞かざる、言わざる」である。





聞くところによると東照宮の彫刻は5173体あり、これらの彫刻は全て家康を祀るうえで
象徴的な意味合いがあり、中国伝説や霊獣、霊鳥といった吉祥文、守護的なものとして
装飾されているという。
創建が元和3年(1617年)、その後寛永11年に大改築され昭和に入ると地震や不始末による
災害に見舞われたが、今なおも威厳は当時そのままである。
表門には二体の仁王門がこれでもかと睨みをきかせ、その赤く光輝く身体と眼力で行く手を
はばかるばかりに両手を大きく構えている、よく見ると口元が右が阿形で左が吽形、(阿吽)
所謂「阿吽の呼吸」というやつである。
二体で一対、対局であり、また同体でもある、阿と吽、有無も言わせぬその電光石火な
威嚇に私は心臓を鷲掴みされたような衝撃を感じた。


最後に、東照宮の石碑が建てられたのは大正13年、その「字」は15代将軍徳川慶喜に
仕えていた今一番名前の知れた時の人、「渋沢栄一」が書いたものである。

